地元・新潟のこと

自然災害多発地帯

災害新潟県における戦後の地震として
1964年 「新潟地震」
2004年 「新潟県中越地震」
2007年 「新潟県中越沖地震」
大きなものだけで3つが発生しています。

加えて、1961年の2月2日の長岡の地震、1995年の4月1日の新潟県北部の地震、2011年の3月12日の長野県北部の地震など、その被害は甚大なものとなっています。

地震の他にも、大雨による水害、大雪による災害、と、新潟はまさに自然災害多発地帯。これは、豊かな自然の「裏の顔」とも言えるものです。この苦労を身をもって知る新潟の私どもだからこそ作れる製品があると考えます。

おいしい水

標高1,778mの八海山を望む米どころ、新潟県南魚沼に当社工場、社屋はあります。

ここ南魚沼が日本有数の米どころとなったのには多くの理由があります。

日本最長の川、信濃川の流れは、多くの養分を含んだ上質な粘土質の土を越後平野へと運び、米づくりに必要な肥えた土壌をつくります。

そしてお米が実る時期(9月ごろ)の気温が平均25℃と米作りに適温であること。

また、人間にとっては過酷な大雪も美味しいお米をつくる重大な条件となります。冬の間、山間部に降った大雪は春に溶け出し、山林の落葉の作る腐葉土の養分を大量に含み、越後平野の水田を潤すのです。

加えて、その経験や情報が代々受け継がれたお米作りのプロたちの存在。古いだけではなく、これからの農業の未来を見据え、新しい農法、品種、またドローンやAI、GPSなど技術の活用など日々挑戦を続ける生産者が、ここ新潟には多くおります。

これらの条件が揃い、南魚沼をはじめとする新潟県の美味しいお米はつくられています。そして当社のコメ製品は全てこの新潟産のお米を使用しております。

チーム新潟として

新潟から世界へ私どもコメ製品加工製造会社を含め、生産者、精米・加工会社、和洋菓子製造会社、米粉製造会社、IT・システム会社、農機具メーカー、工業専門学校、農業学校等の学校法人、行政機関など、多くの参加者がチームとなって、米どころ新潟の未来を作っています。それぞれの技術を持ち寄り、問題解決、製品開発にあたっています。

世界のマーケットへ

もう日本国内だけでは、農業を基としたバリューネットワークが厳しい時代に入っています。

現在、一地方である新潟から直接グローバルなマーケットへの進出を視野に入れ、そのルールの把握と障壁の突破に向け、一歩一歩着実に歩んでおります。

同じ南魚沼市には、国際大学という日本初の大学院大学があります。様々な人種、宗教の学生が通っており、9割が日本以外の国からの留学生。その学生様たちにアンケート協力していただいたり、イベント用にご飯を納品させていただいたり、と、連携を深めております。2018年に開催された「国際握飯祭~INTERNATIONAL “ONIGIRI” FESTIVAL~」にも美味しいごはんを納品させて頂きました。

世界中のお客様のテーブルまで製品をお届けすることを想像し、他社、団体とも協力し合いながら、グローバルな事業を展開していていきます。